博士と三好くん。そして僕。

(小説)博士と三好くん。そして僕が織りなす日常。

第4話:死体

その男は、海に打ち上げられていた。

誰も名前は知らない。

それは真冬で、仮に濡れていなくても浜辺で一晩過ごせば凍え死ぬ。

早朝に小型犬とウォーキングをしていた初老の男性が、見つけたのである。

最初は、小型のイルカか何かかと思ったらしい。

その男性は、可哀想にと心に思いながら近づいた。

しかし、そこには人間が横たわっていたのである。

息をしている様子はない。初老の男性は慌てた。それ以上、自分で何かを確かめるのは怖くなったのだ。

急いで救急車を呼ぶ。

もう既に遅かった。やがて昼ごろには救急車はパトカーに替わっていた。

打ち上げられていた男に所持品は何もなし。しかし、彼はスーツ姿だった。

かろうじて分かったのは、スーツの上着に”MIYOSHI”と名前が縫い付けられていたことだけだった。




「おい・・・三好くん・・・?」

僕は、かすれた声で話しかけた。

「は・・・反対に見え・・・」

三好くんは、ぐにゃりと膝から崩れ落ちた。

「三好くん?! おい! 大丈夫か!!」

僕は叫んでいたと思う。

この建物は音が反響し合い、そして共鳴した。

僕の半ば泣き声に近い叫びは、恐ろしさと、現実を受け入れられない悲鳴を増幅させながら、建物を駆け巡った。

「後ろに下がっておれ!」

厳しい声が僕の背後からする。僕は、はっと我に返って振り向いた。

そこには、博士が立っていた。

白衣姿で落ち着いて近づいていく。少し腰を曲げ、さすりながら。

博士が自分を追い抜こうとした時、

「あ・・・あの・・・あの・・・三好くんが・・・三好くんが・・・」

歯がガチガチとぶつかり、文章を最後まで発音させてくれなかった。

「あぁ。分かっておる。君は悪くない。落ち着いて。大丈夫じゃから。」

博士は、少しだけ僕を見て笑ってみせた。

この博士は頭がおかしい。人が死にそうになっているのに、いや死んでいるかもしれないのに、大丈夫だと?

でも、一瞬起き上がった。

何が起きてる? もう訳がわからない。

今直ぐにでも逃げ出したい。上半身は出口を探しているのに、下半身は言うことを聞かず、足は釘で床に打ち付けられていた。

「やれやれ・・・いくらはしゃいだとしても、あまりに無茶をしすぎじゃ。」

「み・・・三好くんはい・・・生きていますすす・・か?」

「死んどるよ?」

吐きそうだ。何をさらっと”死んでる”なんてワードを使うんだ。

僕は何をしたらいい? 救急車を呼ぶ? いや、既に死んでるなら警察?

でも、病院で死亡診断書を出すまでは死んだことは確定しないから・・・

「よいしょっと。また、派手にねじれたのう。戻すのも一苦労じゃ。」

「今更、何してるんですか! も・・・もしかしたら生きてるかもしれなくて、僕たちが何かしたら、それこそ殺してしまうかもしれないし・・・」

「この子は死んどる。」

「だから、それは僕たちが判断することじゃなくて・・・」

「死んどるのじゃ! 最初から!」

博士の怒鳴り声が建物と共鳴した。




僕と博士は「三好くんの部屋」を後にした。

彼はベッドに寝ている。いや、寝かしつけた。

彼がこれからどうなるのか、僕には見当がつかない。

あの後、僕は何も言わず、黙々と作業を続けた。

博士はねじれた首をゆっくりと元の位置に戻した。そして、開きっぱなしの目はまぶたを閉じるようにしたのだ。

その扱い方は手馴れているように見えた。既に何度も経験したかのようだった。

「いつもは台車に引きずって載せるのじゃがな。今日は君もおるのじゃし、おぶってくれんか?」

「博士をですか?」

「何を言っておるのじゃ。三好くんをじゃよ。」

「は・・・はい。」

力の入っていない人間はひたすらに重い。

背中におぶることも出来ず、結局はうんうん言いながらお姫様抱っこをして、彼を「三好くんの部屋」に連れて行った。

力の入っていない三好くんの四肢はだらりと僕の隙間から流れ落ちた。

そして、首は折れているのだからあらぬ方向にまで曲がるのだ。

まともには見ていられなかった。僕は、目を逸らしながら彼を抱えて部屋に連れて行った。

彼の部屋の中は、車のプラモデルだらけだった。

年代にこだわりはないらしい。クラシックカーから現在のスポーツカーに至るまで、ところ狭しと飾ってあった。

その割には、部屋の中はきちんと整理整頓されていて、「一人暮らしの野郎の部屋」という典型的なゴミ屋敷状態ではなかった。

悪いが、床のゴミをどけて布団に運ぶのかと想像していたのである。

部屋に入ると8畳ほどの広さの部屋だった。

プラモデルを飾る台や、机、そしてベッドがあった。

他には沢山の本が並んでいる。どうやら、機械工学が好きらしい。

エンジンやタービンに関する本や論文が机には山積していた。

もちろん、こんなにまじまじと観察出来たのは、三好くんをベッドに寝かせた後だ。

死人に寝かせるもなにもない気がするけれど。

「これで良いじゃろう。普段よりも回復は早いはずじゃ。」

「すみません。何一つ意味が分からないのですが。」

「そうじゃろう。三好くんはゾンビなのじゃから。」

僕は、ショッキングな瞬間を目撃してから時間が経ち、段々と落ち着いてきた。

「そうやって、からかうのは止めて下さいませんか? 三好くんが憎くても、死んだ人をそんな言い方するのは良くないと思います。」

「わしが三好くんを憎んでいると思っておるのか?」

「ええ。普段から、黄金のタレとか醤油みたいに、変な嫌がらせをされてたんでしょ? だから、変に意地を張ってるんだ。」

「わしにとっては、罪滅ぼしなのじゃ。」

「何がです。今直ぐにでも救急車を呼ぶべきだ。 もう遅いかもしれないけれど、ちゃんと扱ってあげるのが人情というものです。」

「君は正義感が強いのう。まぁ、少し落ち着きなさい。コーヒーを飲もう。」

「そういうことをしている場合じゃないと・・・」

「大丈夫じゃから。わしもコーヒーは入れられるのじゃよ? 三好くんに入れ方を伝授したのは、わしじゃ。」

三好くんも変だったが、その師匠も相当に頭がおかしい。

よくもこの状況で落ち着いてられるもんだ。僕は、ショックよりも、怒りを覚え始めていた。

「かい摘んで話をしよう。さぁ、コーヒーじゃよ。」

僕は、博士を睨みつけて黙ってカップを受け取った。

「結論から述べよう。三好くんは死んでいる。しかし、それは最初からじゃ。」

「だから、それは何度も聞いて・・・」

「人の話は最後まで聞くものじゃよ? 三好くんは生きているように見えているのじゃ。いや、生きているのかもしれぬ。それはわしには分からん。専門ではないからな。」

そう言って、博士はコーヒーをすすった。

つられて僕もコーヒーを飲んだ。

不味い。

カップの中を見た。砕かれた豆がお湯に沈んでいる。何をどうしたらこういう状態になるんだ?

「おかしいのう。これは溶けないタイプ?」

何言ってんだ。インスタントコーヒーと間違えてるじゃないか。

イライラは最高潮に達した。

博士のデスクにカップを、ガン!と音を立てて置いた。

「三好くんは結局、死んでるんですか?生きてるんですか?」

「彼は一度死んでいるのじゃ。とある研究で彼の死体を引き取った研究機関がある。そして、蘇らせようとした。その結果、彼は”三好くん”として蘇った。」

「本気で言ってるんですか?」

「そうじゃよ。だからゾンビだと言ったじゃろ? ただし、その代償として、彼の脳のシナプスは全て一旦リセットされた。つまり、身体は大人でありながら、生まれた状態の脳に戻ったのじゃ。」

「信じられない。」

「まぁ、そうじゃろうな。こんなことをペラペラしゃべって信じる者はおるまい。君に話をしたのは、三好くんがわし以外の人間に興味を持ったのが君だったからじゃ。いや他人に興味は以前から持っていた。しかしながら、ここまで関係性が発展することはなかった。何しろ、彼は一から全てをやり直しておるのじゃから。」

「妄想はいいです。博士じゃなくて、あなたは小説家になるべきでしたね。いや、自称、博士か。実は博士号を持ってないんじゃないですか?」

「失礼な。わしは言語学では権威ある立場なのじゃぞ?! 嘘だと思うなら、三好くんのところに行ってご覧。そろそろ息はしているじゃろうから。」

「また、あの部屋に行くのですか? しかし、ついて良い嘘と悪い嘘ぐらいの分別は持って下さい。」

僕は、「三好くんの部屋」に向かった。全然気乗りはしない。

また、あの真っ青になった死体と対面しなければならないのだから。

ゆっくり部屋のドアを開ける。彼は寝かしつけた状態と同じ体勢で寝ていた。

恐る恐る近づく。




逆だった。僕の方が血の気が引いた。

三好くんの頬は薄く桃色に色付いており、彼からはかすかに息をしている音が聞こえて来たからだ。




キャラ原案:taguchizu(id:taguchizu)
ストーリー:Milk (id:maxminkun)